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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9857号 判決 1969年2月07日

原告

島田とく

被告

高梨尚郎

主文

1、被告は、原告島田とくに対し三八万円、同島田勝治郎に対し九〇〇〇円およびこれらに対する昭和四二年九月二四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。

2、原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3、訴訟費用はこれを五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

4、この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

5、被告において、原告島田とくに対し三二万円、同島田勝治郎に対し五〇〇〇円の各担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

一、当事者の求める裁判

原告ら――「被告は、原告島田とくに対し四八万四〇〇〇円、原告島田勝治郎に対し一万九〇〇〇円およびこれらに対する昭和四二年九月二四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金額を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言。

被告――「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決ならびにその敗訴部分につき立担保を条件とする仮執行免脱の宣言

二、原告ら主張の請求原因

(一)  傷害交通事故の発生

昭和四二年六月一一日午後七時頃、東京都中野区鷺宮一丁目二三番地先路上において、原告島田とくが歩行中、折柄反対方向から進来した被告運転の乗用自動車に接触されよつて頭部挫傷、右上腕挫傷、門歯撲傷の傷害を受けた。

(二)  損害

(1)  原告島田とくの蒙つた損害

(イ) 休業損害 二五万四〇四〇円

原告島田とくは、本件事故発生当時四二才の健康な女子で、廃品回収業を独立して営んでいたもので、その業態はリヤカーを利用して一般家庭からの廃品を回収してこれを四軒の特定の問屋におろしていたものであり、少くとも日額平均四二三四円の純益を得ていた(四軒の特定問屋渡部商店、川藤商会、田中商店、木島商店に対する昭和四二年三月から同年五月までの取引額は、順次五五九八―一六三三八五―二九一五二―二二七四〇、七五〇六―一四八〇六七―二七九六九―二九〇〇〇、一一三八〇―一一〇七一八―六六六九一―二五八〇〇(円)で、収益率は六割をこえる)ところ、本件事故による受傷のため、昭和四二年六月一二日から同年八月一〇日までは終日休業し、その後同月一七日頃までは服薬しながらリヤカーに乗せて貰い少しづつ得意先を廻り始めたもので、結局少くとも六〇日間にわたつて休業を余儀なくされ、合計二五万四〇四〇円の得べかりし利益を失つた。

(ロ) 慰謝料 二〇万円

本件交通事故の発生につき同原告に過失はなく、被告の飲酒運転による前方不注視等の過失によるものであり、頭部にも受傷したため精神的動揺は大きく、いつどんな症状が発生するかもしれない不安に悩まされ昭和四二年八月一七日頃まで二か月余(医師である被告は、原告とくの症状を診、六月一九日、六月二九日、七月八日に各一〇日分、七月一五日に二〇日分、八月八日に一〇日分の投薬をなしたものであり、とりわけ右最終回には疲労回復・精神安定、耳鳴り、頭痛鎮静の各薬を供与した)の長期間加療を要したもので、その精神的苦痛は多大であり、これが慰謝料としては二〇万円が相当である。

(ハ) 弁護士費用 三万円

(2)  原告島田勝治郎の蒙つた損害

(イ) 休業損害 九〇六〇円

原告島田勝治郎は、原告島田とくの夫で、本件交通事故発生当時は独立して廃品を回収し、前記川藤商会におろし、日額平均一八三四円(昭和四二年三月から五月までの取引合計額は二八万一四四八円で、収益率六割をこえる。なお同店に対する原告らの総おろし額のうち六割は原告とくに属する。)の収入を得ていたところ、原告とくの看病のため営業に制約をうけたが、昭和四二年六月一二日から六〇日間にわたる得べかりし収入の減少総額は、九〇六〇円(六月一二日から六月末日までの川藤商会に対する取引額は、五万三三〇七円で、その六割にあたる三万一九八四円から日収額を算出すると一六八三円となり、前記事故前の平均日収額との差額一五一円の六〇日分)に達する。

(ロ) 弁護士費用 一万円

(三)  よつて被告に対し、原告島田とくは前記(二)の(1)の(イ)ないし(ハ)の合計中四八万四〇〇〇円、原告島田勝治郎は前記(二)の(2)の(イ)(ロ)の合計中一万九〇〇〇円およびこれらに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四二年九月二四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、被告の答弁

(一)  原告ら主張の請求原因(一)は認める。同(二)は不知

(二)(1)  原告とくは川藤商店に対する総おろし額のうち六割は自己に属する旨主張するが、これを認めるにたりる証拠はなく、却つて自動車を使用し広範囲に営業活動し、しかもチリ紙交換の方法による原告勝治郎の方が、原告とくより多量かつ有益に営業しうるものであるから、原告とくの同商店に対する取引額は原告勝治郎と対比すると五割を越えるものではない。また収益率を六割とする証拠はない。さらに原告とくの営業活動は、夫である原告勝治郎の自動車による搬送と問屋への売りさばきを不可欠とするから、原告とくの営業については、原告勝治郎の貢献、助力を要すべく、その貢献度は少くとも四割と評定するのが相当である。これら事情を総合すると原告とくの休業損害はせいぜい別紙試算表のとおり一三万八五九九円程度にすぎない。

(2)  原告とくの受傷のうち、頭部挫傷は脳波・レントゲン線各検査の結果によつても異常なく、昭和四二年七月一二日頃全治したものの、その後遷延していた歯の治療を同月二一日までうけたものであつて、全体として同原告の受傷の程度は軽微であつた。また被告は数回にわたつて投薬したものの、親切心から精神安定剤等を与えたにすぎず、医師としての治療行為を行つたものではなく、現に昭和四二年八月上旬頃一〇日分程度の薬を供与した直後から、原告とくは稼働し始めたことに徴しても明らかである。

(3)  相手方が相当額の賠償方を申し出ているのに、被害者が過大の要求を固執する場合には、不法行為に基づく損害賠償請求の場合にも、弁護士費用を負担すべきではない(浦和地裁昭和四一年(ワ)三六八号昭和四二年一一月七日判決)ところ、被告は本訴の和解期日で二六万円程度の提案をしたのに、原告側が原告とくの営業に対する原告勝治郎の貢献はない旨と原告勝治郎の固有の慰謝料を要求し続けたため、和解成立に至らなかつたものであるから、本件にあつては弁護士費用は権利実現に不可欠の損害とはいえない。

(4)  原告とくは受傷当初から自力で通院可能であつて、附添を要しなかつたものであり、仮りに原告勝治郎が看病のため減収を蒙つたとしても夫婦の協力扶助義務の結果として甘受すべき程度のもので、法律上の損害として賠償を請求しうるべきものではなく、仮りにその休業損害を想定するとそれはいわゆる企業損害の填補に類し、事故と相当因果関係を要するものと解されるが、本件にあつては、この関係を認め得ないし、そもそも同原告の休業損害については、具体的休業期間、休業の態様、現実の減収額等、該請求を特定し、または理由あらしめる基礎事実について主張、立証がない。弁護士費用請求の失当であることは、言を要しない。

四、証拠〔略〕

理由

一、責任原因

原告ら主張の請求原因(一)の事実は、当事者間に争がない。右事実によれば被告は本件交通事故による損害の賠償責任を負担しなければならない。

二、損害

(一)  原告島田とくの蒙つた損害

(1)  休業損害

〔証拠略〕を総合すると、

(イ) 原告らはかつて千葉県佐原市で農業に従事していた者であるが、昭和三五年頃肩書住所に転じ、まず原告勝治郎が、次いで昭和三七年頃から原告とくも、それぞれ独立に東京都淀橋保健所から再生資源取扱業に関する条例三条一項による営業許可をうけて、いわゆる廃品回収業を営み始めたが、昭和三九年原告勝治郎が小型トラックを購入してからは、同原告は機動力をたのんで都内鷺宮、石神井、富士見台一帯を一日三七、八キロメートルも走行してちり紙交換の方式による紙類回収を専らとし、原告とくはリヤカーを利用し、こまめに鷺宮方面の屋敷街を戸別に訪れ、紙類はもとよりビン・衣類・鉄・非鉄金属までも回収し、集荷所から問屋までの運搬にだけ夫の車を利用するに過ぎず、取引問屋も前者は川藤商会だけであつたが、原告とくは紙類のみは同商会におろし、ビン・衣類・鉄類は田中商店と渡部商店に、非鉄金属類は木島商店にそれぞれさばいていたもので、原告らの営業活動は截然と分別されていたこと、原告らはいずれも自己資金を有し、自己の車両を使用できたので、回収した廃品を種類毎に選択したうえ、良値の問屋を選んで売りさばけたので、その収益率は少くとも売さばき額の六割以上であつたこと(昭和四二年四月頃各一キログラム宛四円二銭、四円で回収した新聞紙、非鉄金属類、雑誌類は順次一一円五〇銭、八〇円、一〇円五〇銭で売りさばけたこと)、本件事故発生当時原告とくは四二才の健康な女子で四名の子女をかかえ、降雨日のほかは午前九時頃から午後四時すぎ頃まで精励就労し、月間平均一二万円程度の純益をえていた(田中、渡部、木島各商店に対する取引は、専ら同原告のみによるものと推認すべく、原告勝治郎による運搬業務は、対価的出捐を要しない好意的運送と目すか、またはせいぜいガソリン代の割合負担の問題と解すべく、原告勝治郎の営業貢献度を特別に考慮するまでもないから、以上三店分の純益合計は凡そ四万三〇〇〇円程度と推認される。他方川藤商会分の月間純益については、後記のとおり少くとも七万七〇〇〇円を超えるものと推認される。)のに比し、原告勝治郎の収益は、そのちり紙交換方式自体競争者の増加により当初の高収益率から次第に低下していたためと、同原告は身体やや虚弱で時折休業したことや、昭和四一年夏頃一時的に八王寺市内の他の業者に雇われ運転手をしていたこともあつて、原告とくに比し固定的得意先が乏しかつた等の諸事情のため、川藤商会の取引高においても、原告とくに及ばなかつたこと、なお原告とくは、昭和四三年八月頃月間九万円ないし一〇万五〇〇〇円程度の純益をあげていること、

(ロ) 原告とくは、受傷直後一時失神したが、頭部に出血をみ、右肩を打撲して手が動かず、歯も二本位折損したため、被告車で通称熊谷外科に運ばれ、応急手当の後一旦帰宅したが翌日から嘔吐感と頭痛を催したので、約一週間にわたり、原告勝治郎運転の小型トラックで毎日通院加療し、その後通称松本外科に転じ七月一二日頃まで数回通院して、レントゲン線検査等をもうけた結果、症状かなり軽快したのでその頃から同月二一日頃まで数回通称中山歯科に通院加療し、なお引き続き八月一〇日過頃まで自宅で加療したこと、前記両外科の治療は、止血のほか鎮痛・精神安定剤等投薬を主とするものであつたが、受傷後まもなく外科医である被告が見舞のため訪れ、八月一〇日頃まで前後五回位訪問し、その都度前記薬剤と同種の薬物を一〇日分位宛供与し続けたこと、この間八月一〇日頃までの二か月間にわたつて、全く就労できなかつたが、その後折柄夏休中の次男の介助を得て就労し始め、昭和四二年九月頃までには受傷完治し、就労上の制約もなくなつたことが認められ、この認定を左右するにたりる証拠はない。右事実によると原告とくは、本件受傷により、少くとも合計二四万円の就労による得べかりし利益を失つたものと推認される。

(2)  慰謝料一〇万円

前掲証拠によると、本件事故は横断歩道を通行中の原告とくに、右折しようとした被告車が衝突したもので、これが運転者たる被告に対する非難度はきわめて高いが、他方被告は事故発生後、しばしば同原告を見舞い、職業の専門的知識を活用して適切な助言をなし、損害の填補についても誠意のみるべきものがあつて、原告とく自身これを多としていることが認められるので、その受傷部位が頭部に及び、長期間の加療を要し、夫たる原告勝治郎と子女のうけた不便のほか、生計にも幾分影響を蒙つたものと推知されるけれども、その他諸般の事情を併考し、本件受傷により原告とくが蒙つた苦痛を慰謝するには、一〇万円が相当であると解される。

(二)  原告勝治郎の蒙つた得べかりし利益の喪失分九〇〇〇円〔証拠略〕によると、原告らの子女は四名ながら、学令の女子をも擁するところ、原告勝治郎は妻である原告とくの受傷看護のため、一日休業したほか、前記のとおり少くとも一週間介助して通院させ、また同原告の介助もしくはこれにかわつて家事を処理するため、前後一五回位にわたつて、朝晩、遅出、早帰りをして就労上の制約を余儀なくされ、このため少くとも合計九〇〇〇円の就労による得べかりし利益を失つたものと推認され、右看護・介助の態様および期間と請求額とを比照すると全額につき相当因果関係上の損害と解する。(これが算出方法として同原告は、昭和四二年三月ないし五月の間の平均月額収益からする平均日収額と、同年六月中の平均日収額の差額をもつて日額減収額とし、その二か月分を主張するが、既往の休業損害の推定方法としてはあまりにも抽象的にすぎるので採用しないし、他方被告は仮りに減収を生じたとしても夫婦間の協力扶助義務の結果として甘受すべき程度である旨主張するが、原告とくの病状は一定期間看護介助を要する状態にあつたことは明らかであるからこれを夫である原告勝治郎がなしたからといつて、夫婦間の協力扶助義務を援用して、加害者たる被告の賠償責任を免れ得るものとすれば、右義務に藉口して独立の営業者である原告勝治郎にのみぎせいを強い、結果として被告が利得する筋合に帰するから、被告の主張も排斥を免れない。)

(三)  弁護士費用四万円

〔証拠略〕によると、原告らは昭和四二年九月九日原告ら訴訟代理人弁護士訴外荒川晶彦に対し、本訴の提起と追行方とを委任した着手金等として四万六千円を支払つたことが認められるところ、原告らは本訴において、原告とくの分としてこのうち三万円、原告勝治郎の分として一万円を訴求する。一般に人身事故に基づく損害賠償請求訴訟にあつては、概ね事案は複雑で、かなり高度の専門的知識を要するから、権利の実現につき弁護士の助力を必要とし、これが着手金または報酬も人身事故に基づく損害そのものと解されるけれども、被告に対し賠償を求めうる額は、具体的事件の難易、訴訟の経過、終局判決における認容額等諸般の事実を併考して算定すべきものと解するのが相当である。この見地によれば、原告勝治郎請求の弁護士費用については、同原告の本訴請求が、はじめ近親者固有の慰謝料請求を主としていたところ、中途これを僅少の逸失利益に交換的に変更し(同時に原告とくの慰謝料請求部分等を増額したが、合算訴額は変更の前後を通じて概同額である)たこと、前記のとおりその請求全額を認容するも九〇〇〇円にすぎず、被告の任意弁済を期待しえないものでもないことが記録上明らかであるから、原告勝治郎に対してはその弁護士費用の訴求は失当であると解する。しかし右事実と甲第一五号の記載とからすると、原告らは生計を共にする夫婦の一方が蒙つた人身事故に基づく損害の賠償方を求めて弁護士に委任し、現実に着手金等を出捐したのであつて、いずれかの原告の訴求する弁護士費用が棄却されるときはその訴求額を他の原告のそれに加算すべきことを予備的に主張するものと解され、この場合原告らの請求総額をこえない限り、右他の原告の第一次的請求額を超える額を認容することももとより適法である。

よつて原告とくにつき本件事故と相当因果関係にたつ弁護士費用としては、四万円が相当である。(なお被告は本訟の和解手続における自己の提案と原告らの替案を云為して、弁護士費用の損害賠償性を否定主張するが、右手続において、被告代理人自身も田中・木島・渡部各店の取引における原告勝治郎の貢献度を過大に主張し、また零細な廃品回収業者の収益率によつて、原告らの収益率をも律すべく主張したりし、結局適式の証拠調の決定施行を求めたため和解手続を打ち切つたものであつて、これらの事実は当裁判所に顕著であるから、被告の右主張は既に前提を異にする。)

三、よつて被告は原告とくに対し、前記二の(一)の(1)(2)および(三)の合計三八万円、原告勝治郎に対し九〇〇〇円およびこれらに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年九月二四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による金銭の支払義務があるから、原告らの本訴請求は右限度で正当として認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、八九条、九三条仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薦田茂正)

〔別紙〕 (逸失利益試算表)

1.計算の基礎となるべき数字

A 原告両名の事故前3ケ月間の川藤商店に対する総売上高:金703,521円

B 上記売上中原告とくの分:50%

C 原告とくの事故前3ケ月間の渡部商店に対する総売上高:金24,484円

D 田中商店に対する:金123,712円

E 木島商店に対する:金77,540円

F 原告とくの営業の純利益:60%

G 原告とくの営業における同原告の貢献度:60%

H 1日当りの逸失利益の算出と休業日数 60日/90日

2.計算

{(A×B)+C+D+E}×F×G×H=138,599円

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